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小出恵介、個人で再出発「初心に戻る」 経験積んで「いつの日か、一表現者として皆様の前に」【コメント全文】

 未成年の女性との飲酒と不適切な関係を持ったとして、昨年6月より無期限で活動を休止していた俳優の小出恵介(34)が4日、所属事務所のアミューズとの専属契約を終了した。同日、アミューズがFAXで発表。今後は個人として活動し「いつの日か、一表現者として皆様の前に姿をお見せすることができればと思っております」とメッセージした。



 所属事務所は書面を通じて「この一年間、小出自身とも話し合いを重ねた結果、彼が新たな環境で歩んでいくことを合意いたしました。18歳で小出が弊社に所属して以来、数々の作品において共に歩んでまいりましたが、改めてゼロからの出発となる小出恵介が、表現者として更なる可能性を切り拓くことを弊社としましても応援していく所存です」とコメント。

 「デビュー以来応援していただいたファンの皆様、支えて下さった関係者の皆様に改めて深く感謝申し上げますとともに、皆様におかれましても、今後の小出恵介を見守って下さいますようお願い申し上げます」と呼びかけた。

◇小出恵介のコメントは以下のとおり。

この度は、私小出恵介の社会人としての自覚を欠いた行動により、相手方、ご家族の方、多数の関係各位の皆様、そして事務所の皆様に多大なご迷惑をおかけしました事を心よりお詫び申し上げます。
また、これまで応援して下さった皆様に深い失望感を与えてしまいました事、そして皆様の信頼を傷つけてしまいました事を重ねてお詫び申し上げます。

この度の一件の元、たくさんのご意見に触れ、時を経、改めて自分の行動によって多くの方々に多大なご迷惑をおかけしてしまった事を真摯に感じ、受けとめ、しばしの間、自分はどのような形で責任を取るべきなのか考えて参りました。

今回の出来事は、ひとえに私の社会人としての自覚の低さ、芸能という仕事をさせていただいている事への認識の甘さが招いた結果であり、また、アミューズという大きな芸能プロダクションに所属させていただき、その組織に守られながら何不自由なくこれまで活動させていただいたことが、次第に当たり前のように感じられ、いつしか、支えてくださった周囲の方々に対する謙虚な姿勢、そして応援してくださる方々に対する感謝の気持ちを大切にすることができず心に甘えが生じてしまった結果であります。

自分の行動を真摯に受けとめ、所属事務所と話し合い、この度、所属事務所を離れ、個人として活動させていただくことで合意に至りました。 
所属事務所の皆様には、この騒動の経緯を見守り、相手方への謝罪等ご尽力くださったこと、そしてデビュー以来、私のアーティストとしてのキャリアを作り上げてくださったことに改めて感謝致します。

これからは新たな環境に身を置くことになりますが、初心に戻り、自らを律しながら色々な経験を積んで視野を広げ、少しずつ歩んで行ければと思っております。
そしてまたいつの日か、一表現者として皆様の前に姿をお見せすることができればと思っております。

この度ご迷惑をおかけいたしました方々に対する謝罪と、親愛なるファンの皆様、支えていただいた関係者の皆様への感謝の意を込めて、上記のとおりご報告させていただきます。
2018年6月4日 小出恵介



引用:小出恵介、個人で再出発「初心に戻る」 経験積んで「いつの日か、一表現者として皆様の前に」【コメント全文】



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最前線を走る明石家さんまが30代に一度だけ“低迷”したワケ

コラム【今週グサッときた名言珍言】

「『まどろむ』って言葉を覚えたの、32歳ぐらい」(明石家さんま/フジテレビ「さんま&女芸人お泊まり会」5月26日放送)



 デビュー以来、常に笑いの最前線を走り、60歳を越えた今でも精力的に笑いを取りまくっている明石家さんま(62)。「ボーッとしたことはないんですか?」と尋ねられ、返した答えが今週の言葉だ。

「笑っていいとも!」(フジテレビ)のレギュラーだった頃、金曜名物の雑談コーナーでタモリに「この男はまどろむことも知らないし」と言われた。その時、さんまは心の中で、「何や? 『まどろむ』って何や?」と思いを巡らせたというのだ。

 確かに、さんまには「まどろむ」ことは似合わない。そんな芸能生活だ。突っ走り続けている。だが、一度だけ、「まどろむ」ように仕事量が落ちたことがある。それは80年代末から90年代初めにかけて。ちょうど「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)が終わった前後だ。

 90年には85年から5年連続、男性部門1位に君臨したNHKの「好きなタレント調査」で、トップから陥落。ほぼ唯一のさんまの“低迷期”ともいえる。しかし、この低迷は、さんま自身が自らの意思で仕事をセーブしていた側面もあった。

「結婚したときはそう(家族優先だと)思って結婚してんな。この仕事を半分やめて。子どももいるし、あれやから。34から37歳やな。あのとき、ちょっと仕事休もう、疲れたっていう1回目の疲れた時期やな」(フジテレビ「さんまのまんま」15年9月27日)

 88年にさんまは大竹しのぶと結婚し、家族優先を選んだのだ。運転免許を取ったのも、意外にもこの時期。大竹に運転させ、軽井沢に向かう大渋滞の中、生まれたばかりのIMALUのオムツを替えるのが嫌だったのだ。はたから「キツい嫁」と見られることは避けたかった。何よりも家族が大事だった。

 だが、それだけではないだろう。アイドル的人気を誇っていた20代を過ぎ、結婚もし、“先輩のコバンザメ”キャラから、自分が上に立つポジションに変わろうと模索していた時期でもあったのだ。

 それでも、焦りはなかった。冒頭の番組では、その頃も「トップランナーやと思ってる人の背中が見えてたから、安心してた。背中が見えているうちは休める」と語っている。

 そして、さんまの“逆襲”は皮肉にも92年に大竹しのぶと離婚してから始まる。莫大な借金を背負ったさんまは選択を迫られる。

「自殺するか、しゃべるか」(両国国技館「千原ジュニア40歳LIVE」14年3月30日)

 答えは簡単だった。もう「まどろむ」暇も理由もない。今もさんまは最前線で走り続けている。

(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ―)


引用:最前線を走る明石家さんまが30代に一度だけ“低迷”したワケ



木村拓哉の次女がモデルデビュー、長女のほうが木村似?

 木村拓哉(45才)と工藤静香(48才)の次女であるKoki,(コウキ、15才)が5月28日発売の雑誌『エル・ジャポン』7月号の表紙を飾り、モデルデビューを果たした。

 2001年に長女(17才)、2003年にKoki,が生まれてから、木村家は日本一注目を集める家族だった。美人姉妹と噂される一方で、父と母は徹底して2人のプライベートを守ってきた。

「今回モデルデビューと聞いて、正直どっちかなと思いました。長女もとにかく美人です。どちらかというと長女が木村さん、次女が静香さん似でしょうか。ファッションも長女が木村さん系で、Koki,ちゃんは静香さん風のロック調を着こなしているイメージがあります。これだけの美人すぎる姉妹なので、芸能界からは何度も声がかかっていたようですが、今までテレビや雑誌に出なかったのも、本人たちが自分で自分のことを決められる年齢になるまでは、と静香さんは一切受けなかったようです」(木村家の知人)

 2人の姉妹は両親が芸能界という影響が極力及ばず、「世界で通用する人に育ってほしい」ということから、インターナショナルスクールに通ってきた。

「幼少期からインターナショナルスクールに通っていたのですが、そこは、イギリスのナショナル・カリキュラムに則った教育が行われています。生徒は英語を学ぶのではなく、英語でイギリス式の礼儀作法やマナー、芸術、教養を学びます。英語はもちろん、小学生の頃から簡単な会話をフランス語でも交わしていましたね」(芸能関係者)

 フルート、ピアノ、バイオリンなど音楽を習う一方で、絵画に触れるなど芸術にもなじんできた。

「数年前にはフルートのあるコンクールで長女が最優秀賞、次女が優秀賞を受賞しました。旅行に行くときも楽器は必ず持っていきますし、やるとなったらお遊びではなくキチンとやる。まだ幼いのに意志がはっきりしていてすごいと思いましたね。長女はフルート奏者を目指して今、音楽系の学校へ通っていますが、それも本人が探してきて“どうしても行きたい”と静香さんを説得したそうですから」(前出・知人)

 敷かれたレールを歩むのではなく着実にわが道を歩んでいく娘たち。木村家の子育てルールでまず大切なのは「礼儀」だったという。

◆木村家のルールが伝わった

「正直、なかなか子育てしづらい環境の中、静香さんがいちばん大切にしていたのは礼儀。とにかく人に対して感謝をすること。特別扱いされることに慣れてはいけないと、ものすごく気を使っていました。長女が夏休みなどにアパレルショップにインターンとして働いていたのもその一環でしょう。

 いつも、口癖のように“人は人、自分は自分”“人まねではなく自分のやりたいことを見つけなさい”と2人に伝えていましたね。お年頃ですから、自分たちの両親の話をネットなどニュースで見ることもあるでしょうけど、ちゃんと自分の目で耳で見聞きしたものを信じる強さがあります。そういう意味では最近の日本の女子高校生からすると珍しいタイプかもしれません」(前出・芸能関係者)

 年頃の姉妹だが、木村家は家族で出かけることが多い。今年の春先、静香が友人とランチをするときも長女は同行。犬の散歩も2人の娘はよく連れ添い、『エル・ジャポン』発売の数日前にも静香とKoki,はカフェでティータイムを楽しんでいた。父と娘で出かけることも多い。

「姉妹はもちろんけんかすることもありますが、学年が1つ違いで親友という感じです。中学生のときにKoki,ちゃんが背を追い越して以来、お姉ちゃんに間違われることもあるとか。お互いなりたいものは違いますが、いい刺激を受けているようです。Koki,ちゃんはモデル活動のほかに作曲家としても活躍していて、静香さんの30周年アルバムの『鋼の森』と『かすみ草』などのほかに、中島美嘉さん(35才)にも楽曲を提供していますが、音楽の話も姉妹でよくするようですよ」(音楽業界関係者)

 モデル・Koki,は『エル・ジャポン』でこう語った。

《人は人、自分は自分。誰かと比べることなく自分を信じる強さと、長所と短所をしっかりと見つめて前に進むことの大切さ。それを教えてくれた両親が私の誇りです》

 木村家のルールは、しっかり子供たちに伝わっている。

※女性セブン2018年6月14日号



引用:木村拓哉の次女がモデルデビュー、長女のほうが木村似?

飛び交う大ブーイング「恥ずべき試合」で負けた西野ジャパンの問題点とは?

 降りしきる雨を切り裂くように耳に届いた、ファンやサポーターによる大音量のブーイングを、DF吉田麻也(サウサンプトン)は当然のことだと受け止めた。

30日に行われたワールドカップ壮行試合。4月に慌ただしく発足した西野ジャパンの初陣にして、正式メンバー23人が発表される前日の最終選考会で、ロシア大会に出場しないガーナ代表に、それもわずか17人で2日前に来日した、時差ぼけに苦しんでいる主力不在の若手たちに完敗を喫した。

 

 しかも、事前に決まっていたこととはいえ、日産スタジアムのピッチでは壮行セレモニーが華やかに催され、人気音楽ユニット『ウカスカジー』の歌声が響き渡っている。試合後の取材エリアで険しい表情を浮かべた吉田は、「恥ずべき試合だったと思います」と偽らざる思いを口にした。

「勝って壮行会的なものをしてほしかった。これは間違っていると思いながら(ファンやサポーターの方々も)、セレモニーを見ていたんじゃないですか」

 開始早々の前半8分に、DF槙野智章(浦和レッズ)の不用意なファウルで与えた直接フリーキックを叩き込まれて先制を許した。後半6分にはGK川島永嗣(FCメス)が、ペナルティーエリア内で相手選手を倒して与えたPKを、ゴール中央へ豪快に決められた。

 4日前に練習を開始したばかりの3バックも、当然ながら機能したとは言い難い。中盤や前線で数的優位を作る青写真を描いていたものの、特に前半は左右のアウトサイドも下がる『5‐4‐1』状態でブロックを形成する時間帯が多く、どうしても後方に重心がかかってしまった。

 リベロとしてプレーしていた、キャプテンのMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)がベンチに下がった後半31分には4バックにスイッチ。前線を武藤嘉紀(マインツ)と岡崎慎司(レスター・シティ)の2トップに変えたが、ガーナの8本を上回る14本のシュートは空砲に終わった。

 日本を6大会連続6度目のワールドカップへ導いた、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督を「座して死を待ちたくない。ワールドカップで勝つ確率を、1%でも2%でも上げたい」と見限った日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は、独断で指揮官交代に踏み切った。

 もっとも、西野朗新監督の就任会見が行われた4月12日の時点で、チームとして活動できるのは最も早くて5月21日からになるとわかっていた。時間が極端に限られていたからこそ、西野監督はたとえけがを抱えていても、ハリルジャパンに呼ばれた経験と実績をもつ選手の招集を優先させた。

 たとえば香川真司(ボルシア・ドルトムント)は、ブンデスリーガ最終節の後半途中でピッチに立つまで約3ヵ月もの戦線離脱を強いられた。岡崎もプレミアリーグの終盤戦を欠場したまま帰国し、シーズン終盤に太ももを痛めた乾貴士(エイバル)も合宿では別メニューに終始した。

 一方で所属クラブにおいて出場機会を失い、ゲーム勘やゲーム体力を著しく減少させていた浅野拓磨(シュツットガルト)と井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)も招集。ガーナ戦では乾と浅野は最後までピッチに立つことはなく、長谷部に代わった井手口も信じられないパスミスを犯した。

 選手選考は監督の専権事項だが、それでも指揮官は21日から千葉県内で行ってきた合宿中に「予想以上に選手たちの状態が整っていない」と嘆いたことがあった。コンディションが整っていないのを承知のうえで、岡崎や乾、浅野らを招集したのだから無理もない。

 むしろ西野ジャパンの初陣における最大のサプライズは、昨夏にFC東京から加入したポルティモネンセSCで10ゴール12アシストと大車輪の活躍を演じ、ハリルジャパンにおけるデビュー戦だった3月のマリ代表戦でもゴールを決めた中島翔哉の落選だった。

 森岡亮太(アンデルレヒト)や久保裕也(ヘント)、堂安律(フローニンゲン)も然り。結果を残した選手が不在ならば、チームに躍動感は生まれない。後半から投入された香川も入れ込みすぎたのか、時間の経過とともにガス欠気味となり、『4‐4‐2』の左MFになってからは流れからも消えた。

「3バックとキーパーのコンビネーションや、3バック同士のチャレンジ&カバーなど、いろいろな課題が見つかった。勝ちたかった試合であることは間違いないけれども、4日間の練習でとんとん拍子に上手くいくとは思っていなかったので」

 産みの苦しみであることを強調した田嶋会長は、ハリルジャパン時代から続く不振の延長線上にあると強調することを忘れなかった。

「もともと危機感だらけでやっている。決して滑らかな道とは思っていません」

 ワールドカップの壮行試合でブーイングを浴びせられたのは、2度目の決勝トーナメント進出を果たした2010年の南アフリカ大会直前、岡田ジャパンが韓国代表に0‐2の完敗を喫して以来となる。

 このときは半ば開き直った岡田武史監督が不振の司令塔・中村俊輔を外し、システムも『4‐2‐3‐1』から『4‐1‐4‐1』に、ポゼッション型から堅守速攻型に180度変える大なたを振るったことでチームはV字回復を遂げた。
 しかし、今回はワールドカップ直前における指揮官交代という、未曽有の刺激がすでに注入されてしまった。迎えたガーナ戦で、確固たる手応えが得られなかったからか。一夜明けた31日は午前中の練習をへて午後4時に23人が発表される予定が一転して、一時的に解散することが深夜になって発表された。6月2日の離日を前に、西野ジャパンが大きく揺れている。

(文責・藤江直人/スポーツライター)


引用:飛び交う大ブーイング「恥ずべき試合」で負けた西野ジャパンの問題点とは?



オフィス北野新社長につまみ枝豆就任へ「いちばん暇なヤツがやれってことで僕に」

 たけし軍団のつまみ枝豆(59)が29日、所属事務所「オフィス北野」の新社長に将来的に就任することを宣言した。

その買うを、もっとハッピーに。|ハピタス


 枝豆は、神奈川県内のゴルフコースで行われた「第19回 叙々苑カップ 芸能人ゴルフチャンピオン決定戦」(協力・報知新聞社)に師匠のビートたけし(71)や同じく軍団のガダルカナル・タカ(61)、ラッシャー板前(54)らとともに参加。ハーフを終えた時点での取材で、たけしが新社長に自らを推薦していることについて聞かれると「まだ今の社長(森昌行社長)が残っているので、その後なんですけど、半ば強制というか、いちばん暇なヤツがやれってことで僕になりました」と明言した。

 たけしの抜けた社を、どのように率いていくか、と問われると「大黒柱(たけし)がいなくなって、若くてめぼしい子に入ってほしいです。じじいばっかりになったので…。来る者は拒みません。(会社が)タレント(の仕事)で食べていけるようにならないといけないけど、何でもやらないといけないから、遠洋漁業も」とジョークも交えつつ「マネジャーも少ないし、プレーイングマネジャーでやっていかないと」と今後を見据えた。

 盟友とともに社を支えていく立場のタカは「たけしさんのアドバイスがあったので、枝豆が社長で専務はダンカンに。事務所が小さくなったので、こじんまりとやっていけたら。自分は必死に働きますし、後ろからのサポートは可能だと思います」と抱負。タカを社長に推す声もあったが「こいつに任せるとエラいことになるってみんな分かっているんでしょう」と冷静に自己分析した。

 オフィス北野から既に独立したたけしは、枝豆とタカの発言について「(枝豆は)一銭も残ってないって愚痴をこぼしてるけど、どういう会社にするのか楽しみ。破産するのも楽しみだけど」と毒ガスを噴射。「(成人式当日に事業停止した)『はれのひ』と組んで『晴れ舞台』ってのをやれって言ってるんですけど」と不敵に笑った。



引用:オフィス北野新社長につまみ枝豆就任へ「いちばん暇なヤツがやれってことで僕に」



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