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草なぎ まさかの「電車通勤」ジャニーズ時代にはあり得ない行動していた

 ジャニーズ事務所を退所し、新事務所「CULEN」に所属する稲垣吾郎(44)、草なぎ剛(43)、香取慎吾(41)が6日、都内で行われた「数字選択式宝くじ ロト・ナンバーズ 新CMキャラクター発表会」に登場した。ジャニーズ退所後、さまざまな新チャレンジをする元SMAPの3人だが、中でも草なぎは“ジャニーズ時代にはあり得なかった行動”に挑戦していたことが判明。それはいったい――。

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 稲垣、草なぎ、香取が宝くじ新CMキャラクターに起用された。しかも発表会と同じ時間に、3人が出演する7・2時間生放送のネット番組「7・2 新しい別の窓」(AbemaTV)がスタート。イベントが同番組内で生放送される“異色コラボ”となった。

 稲垣は「56(ごろう)」、草なぎは「244(つよし)」、香取は「405(しんご)」を胸にプリントした衣装で登壇。草なぎが「つよし(244)はそのままだと思うけど、慎吾(405)の『0』を『ん』と読ませるのは無理やりじゃない?」とツッコむと、香取は「0は『ん』でいいの! 今日の剛はテンション高めでヤバいな!」と苦笑いを浮かべた。

 また司会者から「この中で貯金が、(最高賞金額の)10億円ある人を指さしてください」と質問されると、稲垣と草なぎが「それは慎吾でしょ!」。香取は「この質問なんなの?」。稲垣は自分で「56」のペンダントを作っているそうで、香取が「それを知った時、カッコ悪いと思った」と会場を沸かせた。

 さらに発表会終了後、香取は報道陣から、ジャニーズの後輩グループ「TOKIO」のメンバーで、女子高生への強制わいせつ容疑で書類送検され起訴猶予となった山口達也(46)へのコメントを求められた。香取は「そうですね…。応援してくださっているファンの皆さまが、いまちょっと下を向いている時期だと思うので、ファンの方々が前を向けるように頑張ってほしいです」と話した。

 その後、3人はネット番組の生放送へと戻り、番組が用意した2階建てバスに乗り込み、会場のあった東京・渋谷の街を駆け抜けた。番組では、たけし軍団とのトークセッションなどもあった。

 ほぼ休みなしの3人だが、中でも草なぎは同イベント出演前、横浜市のKAAT神奈川芸術劇場で行われた主演舞台「バリーターク」を終え、ギリギリで生放送に駆け付ける多忙ぶり。実はこの公演に草なぎは、東京から電車で通っていたという。

 乗車した路線は渋谷から横浜方面に走り、みなとみらい線に直通する東急東横線だ。「あの草なぎ君が電車通勤なんて、ジャニーズ時代には考えられない」と芸能関係者は驚きを隠さない。

「新事務所はマネジャーの数も少ないので、車での送迎も大変。でも電車なら、移動時間も読める。飯島三智社長も『いい社会勉強と刺激になる』と喜んでいたようだ」

 草なぎが電車に乗っていたら大騒ぎになりそうだが、「みんな『草なぎ君がいるはずない』と思っているので、顔を見ても気付かないそうですよ」(同)。草なぎ本人も「楽しい!」とご満悦。知り合いを見つけると、後で「○○駅にいましたよね?」と言って驚かせているという。

 いま、この記事を電車で読んでいるあなた! すぐ近くに草なぎが乗っているかもしれませんよ!?



引用:草なぎ まさかの「電車通勤」ジャニーズ時代にはあり得ない行動していた




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TOKIO山口達也「契約解除」 遅すぎた決断の背景にジュリー副社長の“迷い”

1度は下した“英断”

 後手に回り続けた危機管理を再認識させた結末となった。ジャニーズ事務所は5月6日夜、「当事務所所属、山口達也に関する契約解除のお知らせ」と題するFAXをマスコミ各社に送付した。山口達也(46)の辞意申し出が受理されたのだ。

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 ***

 FAXの要点を念のため列挙しておこう。

◆TOKIO4人が行った5月2日の会見後、6日に改めて山口本人から強い辞意の意志を事務所に伝えてきた

◆ジャニー喜多川社長(86)とリーダーの城島茂(47)が協議して受理を決めた

◆事務所を退所しても山口に対するサポートは継続する

◆TOKIOを「大人のグループ」として尊重し、意思決定に関与させたことに批判も受けた。今回の決定と責任は全て事務所が負う

◆2日の会見でも言及した「4人のTOKIOが必要とされるのか」という命題を背負い、残りのメンバーは「茨の道を歩む」。今後に温かい眼差しを注いでいただけたらありがたい

 今回の強制わいせつ事件の取材を続けている担当記者が明かす。

「『どうせ辞めさせるのなら、最初からクビにしておけばよかった』という世論も少なくないでしょう。ジャニーズ事務所が迷走したのは事実ですが、内部を取材すると様々な葛藤が存在したことも分かってきました。例えば、わいせつ事件は2月12日に発生し、山口が事務所に報告したのは4月16日とされています。ところが実際は、それよりもう少し前に山口はマネージャーに明かし、マネージャーから経営陣に伝えられたようです。そして重要なのは、副社長の藤島ジュリー景子さん(51)が『山口を辞めさせることになっても仕方ない』と考えていたのも事実だということです」

危機管理上、痛恨のミス

 ジュリー副社長には、今回の被害者と極めて年齢の近い娘がいるという。1人の母親として、山口達也の犯行を許せるはずもない。厳しい態度で臨む意思はあったのだ。

「まさに『たられば』ですが、ジュリーさんが最初の決断通りに進めていれば、ここまで世論の反発を招くことはなかったでしょう。最大の過ちは、その後に迷ってしまったことです。ジャニーズ事務所として被害者に謝罪するなどするうち、『もし不起訴となり、メディアにも気づかれなかったら、山口を守ることができる』と気持ちが揺れてしまったのです。ジュリーさんは上智大学を卒業するとフジテレビに入社しました。そして退職するとジャニーズ事務所に入ります。この時点からTOKIOを担当しました。ジャニーズでのキャリアスタートですから、彼女にとってTOKIOは記録にも記憶にも残る存在です。これも彼女の判断力を鈍らせてしまった原因の1つかもしれません」(同・記者)

 ジュリー副社長は「母」と「副社長」の間で揺れ動いたのだろうか。山口本人も4月26日の謝罪会見で「私の席があるのであれば、またTOKIOとしてやっていけたら」と口走って世論が大きく反発したが、あの問題発言も上層部の迷いを意識してのことだったのかもしれない。

 いずれにしても4月25日にNHKなどが報道する前に、ジャニーズ事務所として毅然とした態度を示すチャンスが存在していたことになる。しかし、危機管理上における「千載一遇のチャンス」が有効活用されることはなかった。一般企業や社会人にとっても「他山の石」となる好例だろう。

週刊新潮WEB取材班

2018年5月7日 掲載



引用:TOKIO山口達也「契約解除」 遅すぎた決断の背景にジュリー副社長の“迷い”




井上堯之さん死去 「ザ・スパイダース」で活躍 マッチ「愚か者」作曲

 1960年代にグループサウンズ「ザ・スパイダース」で活躍したギタリストの井上堯之(いのうえ・たかゆき)さんが2日に死去したことが4日、分かった。77歳。兵庫県出身。死因は明らかにされていない。沢田研二(69)のバックバンドを率い、ドラマ「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」のテーマ曲演奏にも携わるなど、多才なミュージシャンだった。5日に近親者のみで密葬を執り行う。

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 井上さんは95年に初期の胃がんを手術。09年には肺気腫と診断され、「今後の活動が困難になる」との理由で引退。それでも、病と闘いながらソロライブや楽曲制作、講演などの活動を行っていた。

 昨年5月2日には、同3月に亡くなったスパイダースの元メンバー、ムッシュかまやつさん(享年78)のお別れ会に参列。堺正章(71)、井上順(71)ら元メンバーが11年ぶりに集まった場で体調が優れない中、登壇。さすがに往年のプレーを見せることはできなかったが、出席者を笑顔にしていた。

 井上さんは16歳でギターを始めた。オーディション番組を契機に音楽の世界に入り、後にスパイダースに加入。リードギタリストとして海外公演も行った。71年の解散後は沢田研二、萩原健一(67)のツインボーカルによるロックバンド「PYG(ピッグ)」を結成。沢田のソロデビュー後は、萩原を除くメンバーで「井上堯之バンド」として活動。「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」などでヒットを飛ばした沢田を、80年の解散までバックバンドとして支えた。

 沢田のヒット曲「危険なふたり」のイントロを演奏したのも井上さん。72年に沢田がNHK紅白歌合戦に初出場した際も、専属バンドとして演奏した。これが今では当たり前となった「歌手が専属バンドを率いる」ことの先駆けだった。

 ドラマ、映画の劇中音楽でも才能を発揮。俳優として独立した萩原との信頼関係も深く、出演ドラマ「太陽にほえろ!」のテーマ曲と劇中音楽の演奏を同バンドが担当。「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」、映画「青春の蹉跌(さてつ)」などの主演作を音楽で支えた。

 クリエーターとしては、作曲した近藤真彦(53)の「愚か者」が87年の日本レコード大賞を受賞。同時期に萩原との競作で「愚か者よ」も手掛け、中島みゆき(66)の名曲「ファイト!」(83年)の編曲も手掛けた。

 90年代以降はミュージカルの音楽監督にも挑戦し、新たなバンドでも活動。ギターサウンドの追究をし続けた職人肌のギタリストだった。


引用:井上堯之さん死去 「ザ・スパイダース」で活躍 マッチ「愚か者」作曲





大谷 イチロー貢献に「敬意を払いたい。もちろん対戦できれば良かったですが」

 エンゼルスの大谷翔平投手(23)が3日(日本時間4日)、マリナーズと特別アドバイザーの契約を結び、選手としては今季の残り試合に出場しないことが分かったイチロー外野手(44)について、球団を通じてコメントを発表した。

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 大谷は、イチローの特別アドバイザー契約に「イチロー選手が野球、ファン、また国(日本)のために貢献してきたことに敬意を払いたいと思います」とコメント。

 次回登板は6日(日本時間7日午前5時10分開始)のマリナーズ戦が濃厚で、初対戦の期待も高まっていた。「もちろん対戦できれば良かったですが、これからも頑張っていただきたいと思います」と今季中の対戦が実現しなかったことを残念がったが、「僕自身も頑張っていきたいと思います」と決意を新たにしていた。


引用:大谷 イチロー貢献に「敬意を払いたい。もちろん対戦できれば良かったですが」

“遊びの達人”所ジョージ、他人の評価に頓着しない『無関心力』

 今年の3月、『とんねるずのみなさんのおかげでした(みなおか)』(フジテレビ系)、『めちゃ×2イケてるッ!(めちゃイケ)』(同)、『「ぷっ」すま』(テレビ朝日系)といった長寿番組が立て続けに終了し、バラエティ番組が節目を迎えている。ところが、所ジョージが持つレギュラー番組への影響は“皆無”。今では、長寿番組を持つ司会者として“筆頭”とも言えるポジションになっているのだ。なぜ所は世代を超えて愛され続けているのか? タモリの系譜とも言える“遊びの達人”所ジョージの『無関心力』とは?

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次々と「長寿番組」が終了する中、見渡せば所ジョージの“独壇場”に

 『みなおか』や『めちゃイケ』など、一時代を築いた長寿番組が終了していくなか、所の番組はいまなお健在。実際、29年続く『所さんの目がテン!』(日本テレビ系)、28年続く『世界まる見え!テレビ特捜部』(同)、22年続く『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』(同)、13年続く『学校では教えてくれないそこんトコロ!』(テレビ東京系)、11年続く『所さんの世田谷ベース』(BSフジ)といった具合に、10年以上続く番組が5本。

 さらに、14年開始の『所さん!大変ですよ』(NHK総合)、17年開始の『所さんお届けモノです!』(TBS系)などを加ればレギュラー番組だけで8本。そのほか、不定期番組で1991年開始の『はじめてのおつかい』(日本テレビ系)、02年開始で現在は特番として放送する『大改造!!劇的ビフォーアフター』(テレビ朝日系)など人気の特番も持っている。

芸人? シンガー? 所ジョージは「一体何者」? 視聴者を惹きつける“謎のおじさん”感

 生粋の“趣味人”として知られ、自動車、バイク、ガン、各種骨董などのコレクターとしても有名だが、そもそも彼は芸人なのか、役者なのか、シンガーなのか…その立ち位置は実に曖昧。いわゆる“謎のおじさん”なのだ。

 所は、77年にシンガーソングライターとしてデビュー。同年に『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティに抜擢されて以降、タレント業に進出。79年から『ドバドバ大爆弾』(テレビ東京系)のMCとなり一躍知名度を増していく。83年から『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のレギュラーとなり「金言・格言 色紙でどうじょ!」などのコーナーで人気を博した。

 俳優としては、『うちの子にかぎって…』、『パパはニュースキャスター』などTBS系のドラマに出演。93年には黒澤明監督映画『まあだだよ』で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞。さらに、声優としても『トイ・ストーリー』のバズ・ライトイヤー役、宮崎駿監督アニメ映画『崖の上のポニョ』などに出演し、その器用な役者っぷりを披露してきた。ただ、どんな分野でも一定の評価を得ながら、そのシーンでトップになろうという“執着”は感じられない。

 今でも多くのレギュラー番組を持ちながら、その実「カンペは見ない」と公言するなど、TV局側の意向に染まる気もない。そんな“力の入っていない”自然体な進行だから、所のアンチは極端に少なく、子どもからお年寄りまで“全方位的”に支持されている点は特筆だ。実際、ネットの声を拾うと「人生を謳歌するっていうのを体現している」、「人を貶めないから安心して見ていられる」、「常に自然体で見ていて疲れない」といったポジティブな声がほとんどなのだ。

 ORICON NEWSによるアンケートでも、『理想の上司ランキング 2014【男性部門】』で1位、『理想の父親ランキング2014』2位、『ボスになってほしい有名人ランキング』2位と上位に君臨。その醸し出す“包容力”と“安心感”で、視聴者からは理想の大人として見られていることが見てとれる。

所ジョージを形成した赤塚不二夫の「面白グループ」 座長っぽくないのはタモリの系譜?

 そんな自然体のスタイルが支持される所だが、17年1月11日に行われた『人生で大事なことは〇〇から学んだ』(テレビ朝日系)の会見で「デビューしたときからずっと視聴率を気にしていない。いい番組をやっている自信があるから、それでいいんじゃないかな」と、視聴率や他人の評価に対する“こだわりの無さ”を飄々と語っている。

 特に、自身のMCについては「番組が用意したVTRを見て、いっしょに出ている人たちに話を振ってみたりね。かんたんに言えば、VTRを見ているだけの仕事(笑)」とまで豪語。そんな発言からも分かるように、MCとして「番組を回すぞ!」という気負いや、座長っぽさは所からは見られない。

 実際、2014年10月8日放送の『ナカイの窓 秋の二時間SP』(日本テレビ系)で所は「出てくるゲストの方の情報なりは頭に入ってる。でも、その昔話をしても、今が光らないから。今の面白いことで盛り上がってもらって、帰ってもらいたい」と発言。あくまで、現場で生まれる“自然な雰囲気”を大切にしていることを明かしていた。

 前述の通り、所には視聴者を何がなんでも「笑わせるぞ」という気負いがない。そのため、視聴者も気構えず、肩の力を抜いたリラックスした状態でTVと向き合うことができる。人を貶めて笑いを取るような発言もしないため、“害のない司会者”として子どもからお年寄りまで家族揃って安心して見られる存在なのだ。

 実は、そこには漫画家・赤塚不二夫を師匠とするタモリの系譜があるという。79年頃、赤塚を中心とした「面白グループ」といわれる集まりがあった。芸人・歌手・俳優から放送作家までメンバーは様々。そこで生まれたのがタモリの伝説の芸・「イグアナのモノマネ」や、「中洲産業大学の冴えな教授」のネタであったようだ。

 本グループに所属していた所は、それを「くっだらないことをしてる大人だ」と思って見ていたのだという。しかし、実際は赤塚やタモリが見せる「仕事をしない」、「仕事で遊ぶ」という姿勢は所の“土台”となっており、師匠筋からの影響を如実に受けていることが伺える。

お笑いBIG3・明石家さんまも憧れる、TVで“力を抜く”所ジョージの凄み

 自分の番組に対する評価を気にせず、自分がやって楽しいかどうかを主軸に生きてきた所。そのため、昨今バラエティ番組が次々と打ち切りとなっている中でも、所の“尻に火がついた感”は全くない。明石家さんまも15年9月26日放送のラジオ『ヤングタウン土曜日』(MBS)で、所のこだわりのなさについて次のようにコメント。

 「たまに所さんとタモリさんは羨ましい時がある。『ようこれだけ力が抜けるな~』っていう。俺たち(さんまとビートたけし)はでけへんねん」と、力を抜いて仕事をしている両者への畏敬の念を隠さなかった。

 所本人も番組作りについて、頭で考えた“机上の空論”ではなく、“暮らしを見せること”が大事だとORICON NEWSのインタビューに答えている。「指示されたことをやるだけなら、ボクじゃなくていい。どれだけ“暮らし”をいっぱいやっているか、その人の話を聞きたい」と、生活感のあるリアリティを大切にしていると語っている。つまり、所にとって必要以上に作り込んだ演出や、タレント自体の気負いは“リアルではない”という感覚なのだろう。

 また、2015年4月3日放送の『あさイチ』(NHK総合)で所は、「なりたいものになるんじゃなくて、なったものが自分なんだよ。なりたいものを求めるんじゃなくて、そこで楽しく暮らせよってことだよ。そしたらやがて、勝手に夢が出てくるから」と発言。赤塚が『天才バカボン』で描いた「これでいいのだ」の自己肯定感を元に人生を歩んできたことを明かしている。

 つまるところ、所の最大の武器は、他人の評価を気にせず「これでいいのだ」と自己肯定する『無関心力』。それはまさに、赤塚不二夫からタモリに受け継がれた系譜そのもの。所もタモリも、TVでは暮らしの“楽しさ”や“遊び”を見せることが重要だと強調してきた。近い将来、その系譜を引き継ぐ『無関心力』を備えたタレントが現れることに期待したい。


引用:“遊びの達人”所ジョージ、他人の評価に頓着しない『無関心力』



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